【自己啓発】ポジティブになれる世界のことわざ9選【前向きに生きる為の世界の考え方】

自己啓発
この記事でわかる事

落ち込んだ時や辛い時に思い出したい、ポジティブな気分になれる世界のことわざについてわかります。

みなさんこんにちは、syuyaです。

突然ですが、みなさんには好きなことわざお気に入りのことわざはありますか?

世の中には多くのことわざがありますよね。

早起きは三文の得

七転び八起き

急がば回れ

などなど。

日本には様々なことわざがあります。

しかし、ことわざとは当然日本だけのものではありません。

世界の国々にも同様に、先人の知恵の結晶とでもいうべきことわざが存在しています

この記事では、そんな世界のことわざの中より、ユニークかつポジティブになれることわざをピックアップしてご紹介します

No por mucho madrugar amanece más temprano. ・・・ たくさん早起きしても、朝が来るのが早まる訳ではない(スペイン語)

No por mucho madrugar amanece más temprano.

あなたがどれだけ早くに起きたとしても、夜明けの時間が早まる訳ではありません。

あなたの早起きの努力に関わらず、夜明けは決まった時間に皆に等しくやってきます。

このスペインのことわざは、そのような事を示唆しています。

当たり前の自然界の摂理ですが、この摂理は我々の普段の生活にも当てはまります。

このことわざのポジティブな教訓は、

やらなければいけないノルマなどに対し、あまり焦りすぎないようにして、ある程度やるべき事をやったなら、あとは自然の流れに身を任せるべきだという事

です。

人生そのものにおいても、焦っても結果(=夜明け)が早く来るわけではいので、

焦らず一歩ずつ努力を継続していき、やるだけやったなら後は時と物事の流れに身を任せよという事が言えます。

日本のことわざにも

人事を尽くして天命を待つ

ということわざがあります。

自分に出来る事をやるだけやったなら、後は成り行きに身を任せるのが吉という事ですね。

どんと構えていきましょう。

Aller Anfang ist schwer.・・・全ての始まりは難しい(ドイツ語)

Aller Anfang ist schwer.

続いてはドイツのこのことわざ。

何か新しい事を始めようとしたとき、最初は大きな困難が伴います。

これは仕事に限らず、新しい趣味、新しい人間関係など、様々な事柄に当てはまる事です。

ですが何事も一番最初が難しく勇気がいるのであって、徐々に慣れてくるにつれて困難さが減っていくのも世の常です。

それどころか、やっている内に徐々に楽しくなってきて、それらが人生の楽しみになるという事も往々にしてあります。

重要なのは、最初の一歩を踏み出してみる事

それには勇気と困難に立ち向かう力が必要ですが、

このことわざを思い出して最初の一歩を踏み出してみれば、意外とその道こそが自分にとって正解の道であるかもしれませんよ。

Petit à petit, l’oiseau fait son nid.・・・少しずつ鳥は巣を作る(フランス語)

Petit à petit, l’oiseau fait son nid.

続いてはフランスのこのことわざ。

鳥はひな鳥を育てる為、種によって様々な異なる巣を作ります。

中にはとっても立派な巣を作る種もありますが、それらは一気に作られたものではなく、コツコツと木の枝や枯草などを集めて、一日一日時間をかけて作っていったものです。

これは、我々人類にも当てはまります。

世の中の偉大な功績を残した人物は、始めから偉大なアイディアや能力を持っていたわけではなく、日々の勉強や切磋琢磨により達成したに過ぎません。

相対性理論を発見し、”20世紀最高の科学者”との呼び名も高い物理学者アルバート・アインシュタインも、

私は賢いのではない。問題と長く付き合っているだけだ。

という言葉を残しています。

また同様に、

ローマも一日にしてならず

ということわざが示す通り、偉大な国家であるローマ帝国も、最初は小さな都市国家から徐々に勢力を広げた訳で、最初から広大な帝国であった訳ではないのです。

重要なのは自らの選んだ道を信じて、毎日コツコツと積み上げていく事です。

الصبر مفتاح الفرج ・・・忍耐は救いのカギである(アラビア語)

الصبر مفتاح الفرج

続いてはアラビア語のこのことわざ。

このことわざはそのまま、忍耐こそが状況を打破するための鍵となるという事を示唆しています。

日本にも

石の上にも三年

ということわざがあります。

こちらは、

石の上にでも三年座っていれば、石でさえも温まる

という意味で、やはり忍耐強くしていれば何らかの変化が生じて事態が好転する事を示唆しています。

忍耐することなしに成功を収める事はありませんし、現在の世の中の成功者たちも辛抱強く忍耐をして、コツコツ努力を積み上げてきたからこそ、成功を手にすることが出来たのです。

逆に少し上手くいかないからと言って、感情的になって自暴自棄になったり、そこまでしていた努力を投げ捨ててしまうのは、自ら”救いへの鍵”を捨てているに外ならないのです。

もちろん、”救いへの扉”は”救いへの鍵”なしには開きません。

日本においても、戦乱の世を治め天下泰平の世を築き、300年続く幕府を開いたのは、織田信長でもなく豊臣秀吉でもなく、

鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス

に形容されるように、辛抱強く忍耐強く待っていた徳川家康でしたね。

忍耐こそ救いへの鍵である

この法則は日本のみならず、世界中でも共通の法則なのだと分かりますね。

Efter regn kommer solsken・・・雨の後には必ず日光が訪れる(スウェーデン語)

Efter regn kommer solsken

続いてはスウェーデンのこのことわざ。

雨の日が好きだという人もいますが、基本的に雨や曇りの日というのは気分が落ち込むもの。

これは、万国共通であるようです。

しかし、雨の日や嵐が過ぎ去った後の空は、とても綺麗である事はみなさんもご存じのはずです。

これは天候に限った話ではなく、我々の人生そのものにおいても、悪天候のような苦難の時が過ぎればその分だけ爽快な晴れの日のような、素晴らしい時が訪れるのだと言えます。

このことわざは、そのような教訓を示しています。

日本にも”雨降って地固まる”ということわざがあります。

これは、雨のような悪天候のあった後の方が却って土地が固まり、しっかりとした地盤となるという事を指しています。

どちらのことわざも、重要なのはまたいつか良い時が来ると信じて、苦難の時をただじっと耐え忍ぶべきだという事を示唆しています。

La vita è bella ma dura・・・人生は厳しいが美しい(イタリア語)

La vita è bella ma dura

続いてはイタリアのことわざ。

人生というのは、万人に厳しいもの。

これは国に関係なく、また時代にも関係ありません。

程度の差こそあれ、まったく厳しくない人生などというのは、この世に存在しないのかも知れません。

しかし、ただただ厳しいばかりが人生なのかというと、そんな事はないはずです。

時に思いがけない綺麗な風景と出会ったり、素晴らしい出会いがあったり。

長年の努力が報われたり、報われなかったり。

駄目人間だと思っていた、自分の思わぬ才能や強みを発見したり。

そんな、厳しいながらも美しいかけがえのないものこそ、我々が”人生”と呼ぶものであるはずです。

ですから、悲観的にならず、さりとて楽観的にもなり過ぎず。

この”厳しいながらも美しい”人生を歩んでいこうではありませんか。

Haba na haba, hujaza kibaba.・・・少しずつ積み重ねれば、必ず桶一杯になる(スワヒリ語)

Haba na haba, hujaza kibaba.

続いてご紹介するのは、東アフリカの国であるコンゴやウガンダ、ニジェールなどで話されている言語であるスワヒリ語のことわざです。

日本にも”チリも積もれば山となる”ということわざがあります。

また、”ローマは一日にしてならず”や、”千里の道も一歩から”など、同種のことわざは数多くありますね。

それだけ、多くの先人が体感した事柄であるという事でしょう。

世の中で活躍している人、または過去に偉業を成し遂げた人物も、最初から偉大であった訳ではありません。

誰しも最初は、微々たる一粒の”努力”から始めたに違いないのです。

ですが、その微々たる努力を継続して続けた結果、いつの間にか桶一杯の努力が積り積もって、誰もが羨むような結果になっただけなのです。

これは努力だけではなく”貯金”にも言える事ですし、”幸福”にも言える事です。

・日々、少量の”貯金”をすることで、いつのまにか桶一杯のお金になっている。

・日々、ひとつまみの”幸福”を積み重ねていく事で、いつしか桶一杯の幸福が手に入っている。

それだけの事です。

重要なのは、ほんの少しでも良いので、毎日少しずつ”良い事”を貯めていくこと。

気づいた時には、桶一杯の”良い事”が手に入っている事でしょう。

Голь на выдумки хитра.・・・困窮は創造性を生む(ロシア語)

Голь на выдумки хитра.

続いてはロシアのこのことわざです。

現在の科学技術は、全て先人たちが感じた不便を克服しようとした結果生まれたものです。

それらの発明の以前には、人々の困窮があったわけです。

この事実からも分かる通り、困窮してどうしようもなくなった時にこそ、状況を打開する素晴らしい解決策が生まれるという事を、このことわざは示しています。

人間は追い詰められたときには、脳の力を総動員して解決策を見出そうとします。

その結果、普段のポテンシャルを大きく超えた、信じられないような働きをし、普段では出来ない発想をすることが出来るようになるのです。

ですが、その為には困窮する前にも継続的に知識を蓄え、いざという時に頭のひきだしから取り出すことが出来る知識を増やしておくこが重要です。

そうして継続的に知識を蓄えているのならば、あとは困窮を恐れる必要はありません

困窮した時、蓄えた知識の中から、打開策となるアイディアがきっと見つかるはずです。

人生、意外となんとかなるものですよ。

Aquila non capit muscas. ・・・鷲は虫を取ったりはしない。(ラテン語)

Aquila non capit muscas.

続いてはラテン語でのこのことわざです。

ラテン語とは古代の民族であったラテン人によって話されていた言語で、古代ローマ帝国などの公用語でした。

ギリシア語と共に現代の西欧言語の元となった言語であり、現在でも英語圏などでは一般教養で学校の教育カリキュラムに含まれています。

日本人が学校で習う”古文・漢文”と同じようなものと考えれば分かりやすいと思います。

鷲とは、ご存じの通りタカ目タカ科に属する猛禽類の内、特に大型のものを指します。

その威風堂々たる姿は、まさに”天空の王者”としての風格と威厳に満ちたものであり、ローマ帝国の国章となるなど貴ばれていました。

そんな鷲の主な食料は他の鳥類や哺乳類、爬虫類などで、小さな鳥のように虫を取って食べたりはしません。

そんな鷲の様子を例に取り、人間であっても大人物は目先の小さな利益には目もくれず、その背後にあるより大きな成功に狙いを定めているという事ですね。

中国の故事成語にも同様に”燕雀 (えんじゃく) 安 (いずく) んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや”というものがあります。

こちらもこのラテン語の諺とまったく同じ意味で、燕雀(=ツバメやスズメ)のような小さな鳥には、鴻鵠(=おおとりやくぐい)のような大きな鳥の考えていることなど理解できないという事から、

小人物には大人物の崇高な志など理解できない

と言った意味となります。

皆さんの周りにも、皆さんの夢や志を、”無理だ””そんな事は不可能だ””現実を見ろ”等といって笑う人間はいるでしょうか?

もしそうなら、この諺を思い出してみてください。

あなたの崇高な志は、小人物には理解できないものなのかもしれません。

まとめ

いかがだったでしょうか。

世界にはこのように、先人たちが残したことわざが多く存在しています。

ことわざというのは、先人たちが身をもって経験した人生訓を、分かりやすく簡潔に示したものです。

そんなことわざを勉強する事で、先人たちの知恵を借りる事が出来るようになります。

皆さんも道に迷ったとき、自身を無くしたとき、困難に遭遇したときなどに、これらのことわざを思い出してみてはどうでしょうか?

道を開くヒントが隠されているかもしれませんよ?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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