【宗教】家出、挫折、そして苦行。「人間ブッダ」が迷走した日々の記録10選

勉強
この記事でわかる事

仏教の始祖であるブッダ(仏陀)ことゴータマ・シッダールタの半生と、その普通ではありえない仰天エピソードがわかります。

みなさんこんにちは、syuyaです。

私たち日本人にとって仏教は身近なものです。

日本各地には仏教の寺院が点在していますし、死者を弔う時などは仏教方式により行われています。

そんな仏教ですが、始まりは紀元前6世紀頃。

今から何と2600年も昔に遡れます。

世界4大文明の一つが栄えた、大河であるインダス川ガンジス川に挟まれた亜大陸であるインド

そんなインドにおいて、裕福な家庭に生まれるも、世の中の惨状を見てひどく嘆き、人生の意味を希求し、人々に救いをもたらそうと教えを説く人物が居ました。

その人物こそ、後に”仏陀”と呼ばれ、世界中で数億人の信者を抱える事になる一大宗教の開祖、ゴータマ・シッダールタでした。

この記事ではそんな仏陀にまつわる仰天エピソードを、皆様にご紹介します

エピソード1 母親の右わきから生まれる

仏陀“こと、ゴータマ・シッダールタが生まれたのは紀元前7世紀頃です。

紀元前7世紀というと、西欧ではギリシア人とフェニキア人が地中海沿岸に盛んに植民都市を建設し、オリエント世界では新アッシリア帝国がオリエント世界を統一後に4つの王国へ分裂。

同時期の中国では春秋時代で多数の思想家が現れ、中国各地で啓蒙活動を行っていました。

そして日本では、初代天皇である神武天皇が東征を行い、奈良盆地にいた勢力を滅ぼし都を建てた時期です。

仏陀はそんな時代のインドで生まれます。

そして、”仏陀”ことゴータマ・シッダールタの活躍する事になるインドでは、

マガダ国コーサラ国という2つの大国が、インド亜大陸の覇権をめぐって相争っていました。

我々が良く知る”仏陀”というのは、当時のインドの公用語であるサンスクリット語で”目覚めた人”を意味する言葉 ”Buddha”から来ています。

言うなれば、”称号”の一つな訳ですね。

奇しくも同時代には、中国では孔子、ギリシアではソクラテスが登場しています。

この時代は、人類とっての精神的な改革が洋の東西問わず行われていた時代と言えますね。

さて、”仏陀”ことゴータマ・シッダールタは、

インドを支配する2大大国の内の一つ、コーサラ国の属国である、シャーキア釈迦のラージャ(貴族)の父シュッドーラナと、隣国の執政官の娘マーヤーの間に生まれました。

貴族の父と政治家の母の子供であった為、大変裕福な環境であった事が分かります。

マーヤーはゴータマを身ごもった後、出産の為に里帰りする道の途中、

現在のネパール南東部のルンビニという場所でブッダを出産しました。

ここまでは、ありふれた赤ん坊の誕生の過程に過ぎませんね。

しかし、後に仏陀となる男の誕生の仕方は、我々のそれとは一味違ったようです。

この時のゴータマの驚くべきエピソードとして、

母親のマーヤーのお腹から生まれたのではなく、なんと右わきから生まれ出たのだというものがあります。

仏伝図「誕生」 東京国立博物館所蔵

マーヤ(中央の人物)の右わきからゴータマが生まれた時の様子を再現したもの

 画像引用 http://zuiunzi.jugem.jp/?eid=866

ブッダの前世である菩薩が、ブッダの母であるマーヤーの右わきに白象の姿で入り込み、その結果としてブッダが右わきから生まれ出たのだと言います。

なぜ右わきなのかというのは諸説あるようなのですが、古代インドにおいて

右半身は神聖なもの、左半身は汚れたものである

という考えがあました。

そこで、古代インドのクシャトリヤ(王族・武人)階級の出身者は、母親の右わきから生まれたと表現するのが決まりだったようです。

そして、マーヤーの右わきに入り込んだ白象とは、古代インドにおける神の乗り物である”アイラーヴァタ”とも同一視される、極めて神聖なものの象徴だったのです。

男性と関係を持たずしてキリストを身ごもったマリアに、天使ガブリエールがキリストの受胎を告げた件もそうですが、昔の聖人は普通の誕生の仕方はしないようですね。

エピソード2 生まれてすぐに歩き、天地を指さして天上天下唯我独尊という。

母親の右わきから生れ落ちてブッダがまず最初にしたことは、誰の助けも借りることなくすくっと立ち上がり、自らの足で7歩歩き、右手で天を、左手で地を指し示し

「天上天下唯我独尊」

と言ったというというものでした。

その時の様子を再現した”誕生釈迦仏立像”

 画像引用 https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/522913

漢字で書いた時のかっこ良さから暴走族などに人気なこの言葉ですが、その意味する所についてよく誤解があります。

この言葉は、「ただ私だけが偉く、他の人間は下等である」という意味ではなく、

「私は他人と比べるまでもなく尊いのであり、また他人よりも尊いという訳でも卑しいという訳でもない」

という意味で言った言葉なのです。

この世に生まれ出た”私”という存在はそれだけでかけがえのないものであり、他人と比較して自らを卑下する事の無意味さを、ゴータマは生まれた時から知っていたという事です。

現代の競争社会に生きる私たちの胸にも、深く突き刺さる言葉ではありませんか?

エピソード3 王宮から出たら東西南北に老人、病人、死者、修行者に会い、出家を決意する

四門出遊の図

その後ゴータマは29才になるまで、王宮にて贅沢三昧の生活をしていました。

外の世界を知らず、嫌なことなど何一つ知らず、ただ楽しい事のみを数珠のように繋げる毎日だったようです。

そんなある日、ゴータマは従者を連れて29才にして初めて王宮の外に出ます。

29才まで外出経験がないとは、ずいぶんな箱入り娘ならぬ、箱入り息子だった訳ですね。

まず王宮の東門から出たゴータマは、そこで老人に出会います。

それまで老人を見たことがなかったゴータマは従者に尋ねました。

あのしわしわの者は何者か?

すると、従者は答えます。

殿下、彼は老人です。もはや長くは生きられないもので、私や殿下もいずれああなります

恐れおののいたゴータマは、旅を止め王宮に引き返します。

続いて南門から出たゴータマは、そこで病人に出会います。

それまで病人を見たことがなかったゴータマは従者に尋ねました。

この両目や髪の色が他人と異なるものは何者か?

すると、従者は答えます。

殿下、彼は病人です。彼は最早病から治るかどうかは分からず、私や殿下もいずれああなります

恐れおののいたゴータマは、再び旅を止め王宮に引き返します。

続いて西門から出たゴータマは、そこで死人と出会います。

それまで死人を見たことがなかったゴータマは従者に尋ねました。

この者達は何者か?全く動かず、布がかけられているが?

すると従者が答えます。

殿下、彼らは死人です。彼らは最早笑う事も泣く事もせず、両親や親友に合う事が出来ません。私も殿下も、死人となる事からは避けられません

恐れおののいたゴータマは、三度旅を止め王宮に引き返します。

人間にとって避けられない老い、病、そして死について知ったゴータマは深く苦悩します。

何とかして、この苦しみから逃れるすべはないかと探求します。

そして、最後に王宮の北門から外に出ると、そこには出家者がいました。

それまで出家者を見たことがなかったゴータマは、従者に出家者について尋ねました。

従者は、出家者とは良き法を実践する人たちの事だと、ゴータマに言いました。

そしてその出家者に近づき、出家について尋ねます。

出家とはどのようなものか?修業とはどのようなものか?

すると出家者は答えます。

出家して修行するとは、住まいを捨て人々からの施しで生活し、良き行いをして、心を静かにし、全ての生命に哀れみの心を持つ事をするという事です。

その出家者の語ることにより、ゴータマは出家して修行することこそ生老病死の苦しみから解放されるための唯一の手段であると悟り、出家を決意したのでした。

門の外に死体が転がっていたとは、現代を生きる我々からすれば中々に凄まじいエピソードですが、当時のインドを考えるなら門の外に死体があってもおかしくないと言えるでしょう。

そして王宮で贅沢三昧だったゴータマに、裕福であっても避けることの出来ない苦しみである

生きる事

病にかかる事

老いる事

死ぬ事

からなる”四苦八苦”について自覚させた、最初のエピソードです。

これを機に、ゴータマは自分の生を見つめなおし、自分がこの世に生まれた意味についての模索を始めるのでした。

エピソード5 息子に妨げ(ラーフラ)と名付ける

興福寺 羅睺羅像

https://www.kohfukuji.com/property/b-0023/

そんなゴータマにも息子がいました。

名前はラーフラ、または羅睺羅(らごら)と言います。

このラーフラという名前ですが、当時のインドの言葉であるサンスクリット語において、”妨げ”または”障害”を意味する言葉なのです。

四門出遊の経験を経て出家を決意したゴータマですが、その時すでにゴータマの妃であったヤショーダラーは、お腹にゴータマの子供を宿していました。

しかし、何もかもを捨てて出家する際に、子供の存在は大きなしがらみとなります。

子供との絆は、出家の妨げ(ラーフラ)となる

とゴータマが言った事から、そのまま”ラーフラ”が息子の名前となったといいます。

今でいう所のDQNネームでしょうか・・・。

そんなラーフラですが、後に自らを捨てた父であるゴータマの弟子となります。

弟子としてのラーフラは真面目で勤勉なのですが、少し自惚れやな性格であったようで、よく父であり師でもあるゴータマに諫められていたようです。

エピソード6 妻と子を王宮に残し出家する

そして妻と子供を王宮に残し、29歳のゴータマは出家します。

そんなゴータマには、父親に派遣された付き人であり、後に最初の仏教徒となる五比丘(ごびく)と呼ばれる5人の従者が付き従っていました。

五比丘を伴ったゴータマは、先ず南西へと下ります。

そして当時のインドの大国であったマガダ国に行き、王であるビンビサーラに謁見します。

青い場所がマガダ国

話を聞いたビンビサーラは、ゴータマに出家を止め王宮に戻るように諭します。

それはなぜかと言うと、当時のインドにはマガダ国の他にもうひとつ、コーサラ国という大国が存在しており、ブッダの所属するシャカ族はコーサラ国に征服されていました。

コーサラ国のライバルであるマガダ国の王ビンビサーラの目論見としては、シャカ族の王子であるゴータマを懐柔しマガダ国の味方につけ、シャカ族にコーサラ国に対して謀反を起こさせることにより、コーサラ国を混乱に陥れようとしたのです。

しかし、ゴータマの出家の意思は意思は固くこれを断ります。

後にビンビサーラは悟りを開いたゴータマの弟子となり、彼の為に”竹林精舎”という最初の仏教寺院を寄進しました。

インド ビハール州ラージギルにある竹林精舎

myself – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1889296による

この竹林精舎は最初の仏教寺院であると共に、後に悟りを開いてブッダとなった後、年老いたゴータマが最後の伝道の旅の出発点となります。

仏陀にとって初めてできた自らの教団の拠点が、自分自身の人生の最後の旅路の出発点となる事は、まるでゲームのRPGによくある展開の様で胸が熱くなりませんか?

エピソード7 当時の流行の苦行に専念し、苦行の達人たちを打ち負かした後、苦行に意味がないことを悟る

駆け出しの修行者であるゴータマは、当時のインドの名だたる修行者たちの元へ行き、教えを乞います。

先ずそこでゴータマは、当時インドで有名な修行者であったバッカバ仙人の元へ赴き、教えを乞います。

バッカバ仙人は現生において自らに苦行を課す事により、死後天上界と呼ばれる楽園へと至る事を目指していました。

しかしゴータマの知見では、天上界の幸福でさえもひとたびそれが終わってしまえば、また六道の輪廻転生の輪に捕らえられ、生と死の苦しみに囚われてしまうと見抜きます。

天上界に行く事によって得られる”与えられた幸福”では、それが覚めた時にはまた苦しみに囚われてしまう。これではだめだ。

そう悟ると、ブッダはバッカバ仙人の元を去りました。

次にゴータマは、別の有名な修行者であったアーラーラ・カーラーマの元へ赴き、教えを乞いました。

アーラーラ・カーラーマは長い年月に渡る修行の果てに、無所有処の境地に至った人物でした。

無所有処とは、物質などのこの世に存在するもの全ては、実際には存在しない””であることを見抜き、達観する境地の事です。

アーラーラ・カーラーマからこの教えを聞いたゴータマは、本来ならば長い修業の末到達するその境地に、一瞬で到達してしまいます。

「彼の言う事は正しく、全てのものは”空”である。しかし、この認識すらも私の求める”悟り”ではない」

そう悟ると、ブッダはアーラーラ・カーラーマの元を去りました。

そして最後に、ウッダカラーマ・プッタという修行者の下へ赴きます。

ウッダカラーマ・プッタはこれまでの修行者よりも更に上の境地である、無色界の最高地点である非想非非想天(別名 有頂天)にまで至った人物で、インドの中でも最高の修行者とも言われた人物でした。

しかし、そんなウッダカラーマ・プッタが長年の修行の末に辿り着いた非想非非想天にさえ、ゴータマは一瞬で辿り着いてしまいます。

「非想非非想天の境地すらも、輪廻の輪の中である六道の中の天上界の最高位というだけで、実際には輪廻の生まれ変わりの輪から逃れられていない」

そう悟ると、ブッダはウッダカラーマ・プッタの元を去りました。

次から次へと強敵が現れ、それらを倒していく様子は、さながら王道の少年漫画のようですね。

そして、名だたる修行者を下していったゴータマは、ある時ふと思いました。

「自分を教えられる程の人物は、もう存在しないのだろう」

そう感じたゴータマは、誰かに師事しようとするのを止め、自ら苦行により悟りを開こうとします。

そして、断食や息を止めるなど、ありとあらゆる苦行を6年間に渡り実践しました。

6年間の修行をする内に、ゴータマは苦行自体に意味がないのではないかという疑念を抱き始めます。

エピソード8 菩提樹の下で悟りを開く

ゴータマが悟りを開いたとされるブッダガヤの菩提樹

6年間の苦行の末、苦行に意味がないのではと感じたゴータマは苦行を中断します。

この際、ゴータマと共に苦行をしていた五比丘たちは、途中で苦行を放り出したゴータマを軽蔑し、自らは苦行を続けます。

そんな五比丘たちを背後に残し、ゴータマは満身創痍の身体を休める為に、付近のナイランジャナー川という川のほとりにて休息します。

そんな折、その付近に住んでいたスジャータという娘の下女であったプンナーが、樹の下にて沐浴していたやせ細ったゴータマを見て、神の使いであるに違いないと勘違いしました。

プンナーは慌てて主のスジャータに知らせると、それを聞いたスジャータは神の使いに施しを与える為、乳がゆを持ってきてゴータマに与えました。

085 Sujata offers Rice, Wat Kasattrathirat, Ayutthaya

苦行で満身創痍のゴータマ(右)に乳がゆを寄進するスジャータ(左)

Photo Dharma from Sadao, Thailand – 085 Sujata offers Rice, CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=50818438による

最初はスジャータの寄進を断ったゴータマでしたが、その際にスジャータが歌った

琴(こと)の弦はきつく締めすぎると切れてしまう、

しかし、ゆるくしすぎると音が悪くなってしまう。

だから、琴の弦は適度に締めるのが望ましい。

スジャータの歌った歌より

という歌を聞き、修行に撃ち込みすぎてきつく締めすぎた琴の弦のように張り詰めた自身の心を思い直し、スジャータの乳がゆを飲むこととしました。

与えられた乳がゆを飲み気力を取り戻したゴータマは、近くの大きな菩提樹の下に行き、穏やかな心で瞑想を始めます。

「快楽に耽るのは当然悟りの道ではないが、行き過ぎた苦行もまた、悟りの道ではない」

そして瞑想を続けたゴータマは、遂に探し求めていた境地である悟りの境地に至りました。

悟りの境地に至ることを”解脱”と言います。

解脱とは

一切の煩悩の無い、いつまでも永続する心地の良い精神的な解放

の事を指します。

ゴータマはしばらくの間、この解脱の心地よさに浸っていました。

こうして、ゴータマは35才の時、探し求めた悟りの境地に至り、サンスクリット語で”目覚めた人”を表わす”Buddha”、すなわちブッダ仏陀)となることが出来たのでした。

因みに、このブッダに乳がゆを渡した娘の名前であるスジャータは、コーヒーフレッシュで有名な日本の企業グループであるスジャータめいらくグループの名前の元ネタとなっています。

エピソード9 布教の旅に出て、個性豊かな弟子たちを作る

さて、無事解脱し、悟りの境地に至ったブッダですが、この境地へ至る方法を他の人にも教えようか悩みます。

ブッダとしてはこの心地の良い境地を独り占めする気はなく、出来る事なら他の人とも分かち合いたいと思っていました。

しかし、普通の人に悟りの良さを説いたところで、みんな理解できないだろうという思いがよぎります。

結局、そういう事で最初は布教する事を諦めようとします。

しかしそんな折、天から梵天が降りてきて、ブッダに人々に教えを広める事を勧めます。

中国北京の智化寺にある梵天像

Nyarlathotep1001 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=107238384による

梵天は古代インドの最高神ブラフマーと同一視される、インドにおける最高神です。

梵天は悟りの境地に至ったブッダを天から見ていて、ブッダが教えを説いて回り、人々を教化する事こそが、荒れ果てた人間界を救う唯一の手段だと考えたのでした。

そんな梵天の勧めも、最初は2度断ったブッダですが、3度目に梵天に勧められたとき、とうとう布教を決意しました。

こうして、後に世界宗教となる仏教が創始されたのでした。

最初にブッダは、かつて教えを乞うた”無所有処”のアーラーラ・カーラーマと、”非想非非想天”のウッダカラーマ・プッタに、逆に自らの教えを布教しようとします。

かつての強敵(?)が仲間になる展開も、極めて少年漫画的であると言えますね。

しかし、その二人は残念ながら既に亡くなっていました。

そこで、かつて修行を共にしていた五比丘たちを誘います。

途中で苦行を放棄したブッダの言葉を最初は聞き入れなかった五比丘たちですが、ブッダが人生最初の説法を行うと、5人はすぐさま教えを理解し、ブッダに師事する事を決意しました。

こうして、仏教に最初の信者が現れました。

この出来事は初転法輪(しょてんぽうりん)と言い、仏教における重要な出来事の一つとされています。

その後も、ヤシャスやプルナといった人物も入信します。

そして、それぞれが数百人からなる教団の教祖であったウルヴェーダ・カッサパナディー・カッサパガヤー・カッサパの3人を入信させたことで、各々の教団の信者をも取り込むこととなります。

その結果、ブッダの教団は一気に1,000人を超える大所帯となりました。

更には、マガダ国の王であるビンビサーラをも入信させることに成功、最初の仏教寺院であった竹林精舎の寄進を受けるに至りました。

その後も、

・出家する際に王宮に置き去りにした、ブッダの実の息子であるラーフラ

・優れた洞察力を持っていた切れ者のアニルッダ

・ブッダの教えに忠実で、絶世の美男子であったアーナンダ

・アーナンダの兄で、後にブッダの教団を離反するデーヴァダッタ

など、一癖も二癖もある個性豊かな弟子たちがブッダの下に集いました。

その後もブッダはインド諸国を渡り歩き、行く先々で説法を行い信者を増やしていきます。

そして、当時のインドの二大大国であったコーサラ国の首都シュラーヴァスティーに建てられた、ブッダの支援者の一人であったスダッタに寄進された祇園精舎を拠点とし、雨が多い雨季はこの祇園精舎内で修行や説法をし、それ以外は諸国を歩き回り説法をするという生活を続けました。

エピソード10 最後の旅、そして沙羅双樹の下で涅槃に至る

こうして教えを熱心に広めていたブッダですが、そんなブッダ自身も当然、老いには逆らえません。

また、それはブッダ自身が一番覚悟をしていた事でした。

29才のあの日、初めて王宮から外に出た日に観た、老人や病人、そして死人へと、自らもなりつつあったのです。

しかし、悟りを開いたブッダにとって、それは何も怖いものではありませんでした。

彼はもうそれらに恐れおののいていた、29才の”シャカ族の王子”ゴータマ・シッダールタではなく、

”悟りを開いた者”ブッダなのでした。

自らの老いや病、そして死さえも、自然の摂理の一つとして達観していたのです。

年齢も80に近づき始めたころ、ブッダは最後の伝道を行います。

最後の旅路の出発点はマガダ国の竹林精舎、ビンビサーラより寄進を受けた最初の仏教寺院からでした。

丁度その頃、コーサラ国では王子ヴィドゥーダバによる王位簒奪が起こります。

そして、ヴィドゥーダバはブッダの出身部族であるシャカ族を殲滅すべく、シャカ族の都市であるカピラヴァストゥへと軍を勧めます。

そこに居合わせたブッダは、三度に渡り説法を説くことで、ヴィドゥーダバの侵略軍を思いとどまらせることに成功しますが、遂にはブッダの説法を振り切り、カピラヴァストゥへと進軍、シャカ族は滅亡しました。

奇妙な運命の巡り合わせで、もし29才のあの時、ゴータマが王宮の門から出ず、または門に出た後であっても出家を決意せず、王宮で贅沢三昧の生活を続けていたならばどうなっていたでしょうか?

確証はもてませんが、ゴータマ自身もシャカ族の王子、或いは王として、一族と共にヴィドゥーダバの軍に処刑されていたかもしれないのです。

王宮でのぜいたくな暮らしを捨て、人生の意味を求める旅に出た事が、結果としてブッダの命を長らえさせたのでした。

こうして、故郷が滅亡してしまったブッダですが、悟りを開いた彼にはもう未練はありません。

盛者必衰の理を知っていたブッダは、自らの故郷が滅ぶ事もまた宿命と考え、故郷に背を向け歩き出します。

ブッダはアーナンダなど、最も忠実な弟子を引き連れ、”自灯明・法灯明”の教えなど、ブッダとしての集大成となる教えを弟子たちに授けていきます。

・自灯明(じとうみょう)・・・自らの心の研鑽によって迷いや煩悩を打ち消し、悟りへの道を切り拓いていく事。自らの心を灯とする事。

・法灯明(ほうとうみょう)・・・仏教の教えに従う事で迷いや煩悩を打ち消す助けとして、悟りへの道を切り拓いていく事。法(仏教の教え)を灯とする事。

そして各所を回った後、ブッダはマッラ国という国のクシナガラという都市(現在のインドのウッタル・プラデーシュ州東部)で、鍛冶屋であったチュンダという男性に教えを説いていた所、急な激しい腹痛に襲われます。

近くを流れるカクッター河にて沐浴するも、もはや回復する事はないと悟ったブッダは、クシナガラ近くのヒランニャバッティ河のほとりに生えていたサーラの木沙羅双樹)の下に横たわり、その80年の命を終えます。

ブッダの涅槃(ニルヴァーナ)の図

このブッダの死は涅槃ニルヴァーナ)と呼ばれ、ありとあらゆる煩悩を滅しつくし、なんの憂いも不安もなく、また輪廻転生の輪からも外れ、最高の静寂の状態であったとされています。

29才の出家から約50年間にも渡った”ブッダ”ことゴータマ・シッダールタの、真の幸福を求める長い旅は、こうやって終わりを告げたのでした。

代表的なブッダの教え

この記事でご紹介したような一生を通じて、ブッダは現代社会にも通用するような様々な教えを残しています。

① 四苦八苦(人生は苦しみを含む)

仏陀は、人生は本質的に「苦しみ(苦)」を避けられないものだと説きました。

代表的なのが「四苦」であり、生きる以上、誰もが必ず経験する苦しみです。

  • 生(生まれる苦しみ)
  • 老(老いる苦しみ)
  • 病(病気になる苦しみ)
  • 死(死ぬ苦しみ)

さらに、人間関係や欲望に関する苦しみを加えたものが「八苦」です。

つまり仏陀は、「人生は楽しいもの」と単純に捉えるのではなく、苦しみを直視した上で、それをどう乗り越えるかを考えるべきだと示しました。

② 四諦(苦しみの原因と解決法)

四諦(したい)」は、仏陀の教えの中でも特に中心となる考え方です。

四諦とは、「苦しみをなくすための真理」を4段階で整理したものです。

  • 苦諦:人生には苦しみがある
  • 集諦:苦しみには原因がある
  • 滅諦:原因を消せば苦しみは消える
  • 道諦:原因を消すための道がある

仏陀は「人生が苦しいのは運命だから仕方ない」とは言いませんでした。

苦しみには原因があるため、その原因を理解して正しい道を歩めば、人は苦しみから解放されるという、非常に論理的な思想を示したのです。

上記の四諦の内、実践的に行うべき行動が『道諦』であり、後に紹介する『八正道』を実践する事を指します。

③ 苦しみの原因は「執着」である

仏陀が繰り返し説いたのは、苦しみの根源は外の世界ではなく心の中にあるということです。

その最大の原因が「執着」です。

たとえば、「お金が欲しい」「愛されたい」「認められたい」「失いたくない」「自分は正しいと思いたい」といった、人なら誰しも抱く欲望があります。

こうした欲望やこだわりが強いほど、現実が思い通りにならない時に苦しみが生まれます。

仏陀は「欲を持つな」というよりも、欲に支配される心を手放すことが重要だと教えました。

④ 無常(すべては変化し続ける)

「無常」とは、「この世のあらゆるものは変化し続ける」という教えです。

若さ、健康、人間関係、財産、感情、環境など、永遠に同じ形で存在するものはありません。

だからこそ仏陀は、「変わるものに執着するほど苦しみが増える」と説きました。

無常を理解すると人生の悲しみや不安は完全には消えなくても、「変化するのが当たり前だ」と受け止める心が生まれます。

それが、苦しみに飲み込まれない精神の基盤になります。

⑤ 無我(固定された“自分”は存在しない)

「無我」とは、「絶対に変わらない本質的な自分は存在しない」という考え方です。

人は「自分」という存在を強く信じますが、実際には心も体も状況も常に変化しています。

怒っている自分、落ち込んでいる自分、優しい自分。それらは固定された人格ではなく、一時的な状態にすぎません。

無我を理解すると「自分はこういう人間だ」という決めつけが弱まり、過去の失敗や他人の評価に縛られにくくなります。

仏教は自分という存在を否定するのではなく、執着をほどく思想だと言えます。

⑥ 因果(原因があり、結果が生まれる)

仏教の「因果」とは、単なる「善行をすれば良いことが起きる」という単純な話ではありません。

仏陀が説いた因果は、より現実的で心理的なものです。

たとえば、

「他人に慈悲の心を持てば、他人から愛される」

「怒りを育てれば、人間関係が壊れる」

「正直に生きれば、周りから信頼される」

「嘘を重ねれば、不安が増える」

「心を清らかに保てば、良い出来事が起こる」

「欲望を増やせば、満足できなくなる」

といったように、良い思考や言動・行動は善い結果として、反対に悪しき思考や言動・行動は、悪しき結果として、そのまま自分の身に帰ってくるという事です。

つまり行動だけでなく、心の在り方も未来を作るという考え方です。

人生は偶然だけで動くのではなく、日々の思考と習慣が積み重なり、結果として現実が形成されると説きました。

⑦ 中道(極端に走らない生き方)

仏陀は快楽に溺れる生き方も、苦行に偏る生き方も、どちらも真理ではないと考えました。

その中間にある道を「中道」と呼びます。

極端な欲望に走ると、心は乱れ、苦しみが増えます。

しかし極端な我慢や自己否定も、心を壊してしまいます。

中道とはほどよいバランスを取ることではなく、心が自由になる方向へ進むことです。

無理にストイックにならず、かといって無責任に流されず、冷静に現実を見て生きる道だと言えるでしょう。

⑧ 八正道(苦しみから解放されるための実践法)

「八正道」は「四諦」の「道諦」にあたる、実践の教えです。

苦しみを減らすために、具体的に何をすべきかを8つにまとめています。

正見(正しい見方)物事を偏見ではなく、因果や現実に即して正しく見る姿勢
正思惟(正しい考え方)怒りや欲望に流されず、善い方向へ思考を整えること
正語(正しい言葉)嘘や悪口を避け、他者を傷つけない言葉を選ぶこと
正業(正しい行い)盗みや暴力などを避け、正しい行いを心がけること
正命(正しい生活)他人を害する仕事を避け、正しい生き方で生活すること
正精進(正しい努力)悪い心を増やさず、善い心を育てる努力を続けること
正念(正しい意識)今この瞬間の心身の状態を冷静に観察し、意識を保つこと
正定(正しい精神統一)心を集中させ、深い落ち着きと安定した精神状態に至ること

重要なのは、これは宗教的儀式ではなく、生活の中で心を整えるための方法だという点です。

特に「正念」は、現代でいうマインドフルネスに近い概念としても注目されています。

⑨ 慈悲(他者を苦しみから救おうとする心)

仏教における「慈悲」とは、単なる優しさではありません。

相手を甘やかすことでもなく、同情だけでもないです。

慈悲とは、「他人の苦しみを理解し、それを減らす方向に心を向けること」です。

仏陀は、人は孤立して生きているのではなく、支え合いの中で生きていると考えました。

他人を傷つける行為は、巡り巡って自分の苦しみを増やします。

だからこそ慈悲は、道徳というより苦しみを減らすための合理的な選択でもあります。

⑩ 涅槃(悟り・解脱)

仏陀の目指した最終地点が「涅槃(ねはん)」です。

これは死後の天国のような概念ではなく、執着が消えた心の状態を意味します。

欲望や恐怖、怒り、嫉妬に振り回されなくなり、心が静かで自由な状態になること。

それが仏教における悟りです。

涅槃は特別な超能力ではなく、現実を正しく理解し、執着を手放し、苦しみから解放された精神状態だと言えます。

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まとめ

いかがだったでしょうか。

今や世界宗教の一つとなった仏教ですが、その教えの最初は、大昔のインドに住んでいた一人の青年による、この世で生きて、老いて、死ぬことへの当たり前の疑問から始まったものでした。

彼が生涯をかけて考えて、導き出した答えは、時を下り現代においても様々な人の心のよりどころとなっています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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